吉本知之
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県幹部の告発文書問題
兵庫県庁入庁、企画管理部管埋局長、2001年 (平成13年) 4月 同職を下野昌宏と交代し金沢和夫の後任として同部企画調整局長[2]、2004年4月 同職を荒川敦と交代し足立昭の後任として公営企業管理者[3]、おのころ愛ランド代表取締役社長を兼務[4]、2005年4月 武田政義の後任として兵庫県教育委員会教育長[5]、2009年3月 大西孝を後任として教育長を任期満了退任[6]、同年9月 齋藤富雄の後任として兵庫県副知事就任[7]、大阪湾広域臨海環境整備センター理事長を兼務[8]、2013年9月 副知事再任[9]。
県庁退職後、兵庫県農業共済組合連合会会長理事[10]、社会福祉法人兵庫県社会福祉協議会会長[11]。
→「兵庫県庁内部告発文書問題」も参照
2024年7月、斎藤元彦知事のパワハラなどの告発文書を作成した元西播磨県民局長が死亡したことを受け、県庁の退職者でつくる「ひょうご県友会」(約2600人)と兵庫県職員労働組合の組合員だった退職者らでつくる「県職員退職者会」(約450人)が県に要請文を提出した。斎藤知事宛てに、県政正常化のために、辞職も含めた「あらゆる措置」を早急に講じることなどを求めた。ひょうご県友会会長の吉本は「職員の顔が日に日に暗くなっていくのは耐えられない。知事が大きな決断をなされること自体が、県政の正常化に踏み出す一歩だと思っている」と指摘した[12]。
栄典
脚注
- 1 2 “平成30年春の叙勲 勲章受章者名簿P38”. 総務省. 2025年4月28日閲覧。
- ↑ 平成13年 2001年4月23日付 官報 本紙 第3101号 6頁
- ↑ 平成16年 2004年5月14日付 官報 本紙 第3849号 10頁
- ↑ 平成16年 2004年7月20日付 官報 号外 第157号 208頁
- ↑ 平成17年 2005年5月16日付 官報 本紙 第4092号 9頁
- ↑ 平成21年 2009年5月8日付 官報 本紙 第5065号 8頁
- ↑ 平成21年 2009年11月4日付 官報 本紙 第5187号 8頁
- ↑ 平成23年 2011年8月26日付 官報 号外 第187号 47頁
- ↑ 平成25年 2013年10月17日付 官報 本紙 第6152号 11頁
- ↑ “機構(令和元年7月1日現在)”. 兵庫県農業共済組合連合会 (2019年7月1日). 2025年4月28日閲覧。
- ↑ “兵庫県社会福祉協議会 役員一覧”. 兵庫県社会福祉協議会 (2021年11月1日). 2025年4月28日閲覧。
- ↑ “斎藤知事は「辞職含むあらゆる措置を」 兵庫県の退職職員団体が要請文”. 神戸新聞 (2024年7月18日). 2025年4月28日閲覧。