吉永武男 From Wikipedia, the free encyclopedia 吉永 武男(よしなが たけお、1904年〈明治37年〉10月28日[1] - 1978年〈昭和53年〉5月1日[2])は、日本の銀行家。長崎県長崎市出身[1]。 熊本県立玉名中学校(1922年卒業)、第五高等学校を経て、東京帝国大学経済学部を卒業[1]した。 大学卒業後に三十四銀行に入る[1]。1933年に三十四銀行は他の銀行との統合により、三和銀行となる。1952年に東京事務所長に就任し[1]、以後、経理部長、神戸支店長、取締役、常務取締役などを歴任した。 1963年三和銀行退任後、日本火災海上保険に取締役副社長として入り、1969年に取締役会長に就任。1974年、勲四等旭日小綬章を受章[2]。 1978年5月1日、閉塞性黄疸のため東京都文京区本駒込の宮入外科病院で死去[2]。 脚注 1 2 3 4 5 「人事興信録 第17版 下」国立国会図書館デジタルコレクション 1 2 3 『Insurance 損保版』5月号第2集・第2838号、保険研究所、1978年5月、p.21。 この項目は、実業家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:経済学、PJ:経済)。表示編集 Related Articles~TimelinesTop QsFact Checks