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吉田ピーナツ食品

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吉田ピーナツ食品(よしだピーナツしょくひん、英: YOSHIDA PEANUTS FOODS CO.,LTD.)は、神戸市長田区神楽町に本社を置く豆菓子メーカーである。愛称は「YOSHI-P」で、ロゴでも使用されている[1]。

略称 YOSHI-P
本社所在地 日本の旗 日本
〒653-0836
兵庫県神戸市長田区神楽町 2-3-22
設立 1955年1月
概要 種類, 略称 ...
吉田ピーナツ食品株式会社
YOSHIDA PEANUTS FOODS CO.,LTD.
種類 株式会社
略称 YOSHI-P
本社所在地 日本の旗 日本
〒653-0836
兵庫県神戸市長田区神楽町 2-3-22
設立 1955年1月
業種 食料品
法人番号 9140001017062
事業内容 落花生、ナッツ、そら豆、大豆、ドライフルーツ、その他豆菓子の製造・包装および販売
代表者 吉田直斗(代表取締役社長)
資本金 4,800 万円
売上高 54億円(2024年6月期)
従業員数 76名(2024年6月現在)
関係する人物 吉田音五郎(創業者)
外部リンク https://www.yoshi-p.co.jp/
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概要

1914年8月、吉田音五郎が兵庫県姫路市にて「遠州屋」として創業し、加工豆の製造を始めた[2][3]。1938年4月に拠点を神戸市長田区に移転し、以降様々な種類の豆を取り扱うようになった[1][2]。

落花生、そら豆、大豆等の豆菓子の製造および販売を行っている[1]。ほとんどの豆菓子は原料に近い商品となることから、同社は一つひとつの原料にこだわりを入れて製造を行っているという[1]。

沿革

  • 1914年8月 - 吉田音五郎が兵庫県姫路市にて「遠州屋」の屋号で創業し、加工豆の製造を開始[2]。
  • 1938年4月 - 本社を神戸市に移転[2]。同時にグリーンピースとフライビンズ類の商品製造を開始[2]。
  • 1939年 - うす皮付落花生の製造を開始[2]。
  • 1940年 - バターピーナツの製造を開始[2]。
  • 1945年 - 神戸大空襲により焼滅[2]。
  • 1949年 - 神戸市にて事業復興[2]。
  • 1955年 - 法人化し、有限会社吉田商店に改組[2]。吉田一郎が2代目として代表者に就任[2]。
  • 1963年 - 吉田ピーナツ食品株式会社に改組[2]。吉田一郎が代表取締社長に就任[2]。
  • 1978年 - 天津栗の加工を開始[2]。
  • 1979年 - ナッツの製造を開始[2]。
  • 1981年 - 兵庫県の産地と連携した上で丹波黒大豆の取扱いを開始し、本格的に黒豆市場に参入[2]。
  • 1993年 - 吉田泰弘が3代目として代表取締役社長に就任[2]。
  • 1995年
    • 1月17日 - 阪神・淡路大震災により倉庫が全壊し、工場も一部損壊の被害を受けた[2]。
    • 3月 - 復旧が完了し、製造を全面再開した[2]。
  • 1999年3月 - むき栗の製造を開始[2]。
  • 2002年9月 - OMIC有機認証(落花生製品)を取得[2]。
  • 2003年7月 - 西神工場を竣工[2]。
  • 2005年12月 - 本社工場と西神工場にて、ISO 9001:2000認証を取得[2]。
  • 2006年6月 - 有機商品販売を開始[2]。
  • 2012年3月 - ドライフルーツの製造を開始[2]。
  • 2014年8月 - 創立100周年[2]。吉田直斗が4代目として代表取締役社長に就任[2]。
  • 2016年3月 - 本社工場と西神工場にて、FSSC22000 認証を取得(ISO 9001:2008認証より移行)[2]。
  • 2021年2月 - チョコレートの製造を開始[2]。
  • 2025年3月1日 - 吉田泰弘が死去(79歳没)[4]。

脚注

関連項目

外部リンク

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