吉田博高
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経歴
東京都世田谷区に生まれる[1]。10代の頃より同人誌などのサブカルチャー文化に親しむ。
地元の私立工業高校の電子科を卒業後、様々なアルバイトや職を経験する中で起業を志すようになる[3]。
1994年、24歳の時に秋葉原の雑居ビルの一室にて、のちのコミックとらのあなとなる同人誌専門店を創業(同年6月に有限会社虎の穴を設立、1996年に株式会社へ組織変更)[3]。当時はまだニッチであった同人誌の委託販売ビジネスをいち早くシステム化し、クリエイターとファンを繋ぐプラットフォームとして会社を大きく成長させた[3]。
ビジネスを拡大させる一方で学び直しの必要性を感じ、社会人学生として法政大学キャリアデザイン学部に入学し卒業[2]。その後、同大学院イノベーション・マネジメント研究科へ進学し、経営学やイノベーションについての研究を行った[3]。
近年は「とらのあな」のリアル店舗展開のみならず、クリエイター支援プラットフォーム「Fantia」の運営などデジタル領域へのシフトを牽引。また、ユメノソラホールディングスを軸としたグループ経営、動画マーケティングやプロデュース業、社長輩出プロジェクト(CEOオーディション)のアンバサダー就任など、多方面で若手クリエイターや起業家の育成・支援活動を行っている[2]。2018年には、北九州市立大学アジア文化研究センターの定例セミナーにて「アニメ、マンガ、同人誌の現状と海外展開」をテーマに講演を行うなど、オタクカルチャーの学術的発展や地域振興、海外展開にも寄与している[4]。
人物
- クリエイター支援への原動力
- 経営哲学と変革への意識
- 「現状維持は退化である」という危機感を常に持っており、時代やテクノロジーの変化に柔軟適応していく経営スタイルを重視している。リアル店舗(とらのあな)の成功に甘んじることなく、いち早く「ファンティア(Fantia)」などのデジタル・オンライン領域へのシフトを成功させた背景には、この経営哲学がある。また、法政大学や同大学院に社会人として入学した動機も、自身の経験則だけでなく「体系的な経営学やイノベーションの理論」を学び、組織の変革に活かすためであったと語っている[3]。
- 起業家・若手育成
- 自身が20代前半で起業し、様々な壁にぶつかった経験から、次の世代のビジネスリーダーや起業家の育成にも注力している。「CEOオーディション」のアンバサダーを務めるなど、若者が挑戦しやすい環境づくりや、経営ノウハウの伝承に積極的な姿勢を示している[2]。
- 多面的な活動
- サブカルチャーや同人文化を「単なるオタクの趣味」としてではなく、日本の重要なコンテンツ産業・文化として捉えており、大学などの公的な学術セミナーに登壇してその海外展開や地域活性化の可能性を伝えるなど、業界全体の社会的地位向上にも寄与している[4]。