吉良の仁吉
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生涯
三州吉良横須賀(現・愛知県西尾市吉良町)に没落武士の子として生まれた。無口だが腕っ節と相撲が強く、相撲の上での喧嘩で侠客の親分の寺津の間之助[注釈 1]に匿われたのがきっかけとなり、18歳から3年間を次郎長の下で過ごした。次郎長と兄弟の盃まで交わす仲となった後、吉良に帰り吉良一家を興した。
侠客の穴太(あのう)の徳次郎[注釈 2]が、次郎長一家が世話をした伊勢の吉五郎[注釈 3]の縄張りであった伊勢荒神山(こうじんやま)[注釈 4]を奪ったため、徳次郎の手下や岡っ引らの仲介をも断って、世に言う「荒神山の喧嘩(血闘)」に乗り込んだ。喧嘩で吉五郎側は勝利を収めたが、仁吉は鉄砲で撃たれた上、斬られて死亡した。享年28。
