吉良義元 From Wikipedia, the free encyclopedia 時代 戦国時代生誕 不明死没 不明氏族 吉良氏 凡例吉良 義元時代 戦国時代生誕 不明死没 不明氏族 吉良氏父母 父:吉良義信子 義堯テンプレートを表示 吉良 義元(きら よしもと、生没年不詳)は、戦国時代の武将。吉良義信の嫡男(弟説もある)。通称は三郎、治部少輔、左兵衛佐。子は吉良義堯。 永正元年(1504年)頃に元服する。家督を継承することなく、永正13年(1516年)以前に早世したらしく[1]、同年10月4日に義信は孫である珍王丸(義堯)に家督を譲っている。 法名は少林寺殿月厳源光大居士。 ↑ 谷口 2022, p. 116. 参考文献 谷口雄太『足利将軍と御三家 吉良・石橋・渋川氏』吉川弘文館〈歴史文化ライブラリー559〉、2022年11月1日。ISBN 978-4-642-05959-6。 Related Articles