吉見春雄
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宮城県刈田郡白石町(現・白石市)出身[1]。静岡県立静岡中学校を経て[2]、1923年(大正12年)、東京外国語学校ロシア語科を中退した[1]。在学中、社会問題研究会を創立、学生連合会に加盟。またML会に入会する[1]。中退後は静岡で青年運動に身を投じる。
1925年(大正14年)、無産政党組織準備静岡県協議会常任書記となる[1]。1927年(昭和2年)、全日本無産青年同盟中央常任書記となり、また日本共産青年同盟に加入した[1]。1928年(昭和3年)三・一五事件で検挙され懲役3年に処せられた[1]。1932年(昭和7年)、日本共産党(非常時共産党)に入党。大阪でオルグ、1933年(昭和8年)に逮捕されるが脱出し、地下生活に入る[1]。1941年(昭和16年)、再検挙された[1]。
関係図書
自著
その他
- 吉見和子『静岡県 無産青年運動の群像 吉見春雄資料より』 同時代社、1997年7月
- 小木宏『囚われて短歌を遺した人びと』本の泉社、2006年5月 ISBN 4-88023-946-1
- 佐野ウララ(編)『吉見春雄戦時下の短歌ノート』 同時代社、2010年6月