吉見春雄

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吉見 春雄(よしみ はるお、1901年明治34年)3月21日 - 1983年昭和58年)2月6日)は、日本の大正・昭和期の社会主義運動家。

宮城県刈田郡白石町(現・白石市)出身[1]静岡県立静岡中学校を経て[2]1923年(大正12年)、東京外国語学校ロシア語科を中退した[1]。在学中、社会問題研究会を創立、学生連合会に加盟。またML会に入会する[1]。中退後は静岡で青年運動に身を投じる。

1925年(大正14年)、無産政党組織準備静岡県協議会常任書記となる[1]1927年(昭和2年)、全日本無産青年同盟中央常任書記となり、また日本共産青年同盟に加入した[1]1928年(昭和3年)三・一五事件で検挙され懲役3年に処せられた[1]1932年(昭和7年)、日本共産党非常時共産党)に入党。大阪でオルグ1933年(昭和8年)に逮捕されるが脱出し、地下生活に入る[1]1941年(昭和16年)、再検挙された[1]

戦後は静岡県で共産党の再建に努めた。1970年(昭和45年)まで静岡県委員、のち名誉県委員[1]

関係図書

自著

  • 『ナロードへの径 -吉見春雄の素描-』吉見和子・佐野ウララ[3][4][注釈 1] 、1983年3月
  • 吉見和子(編)『ひとつの航跡 静岡県労働運動の黎明』吉見春雄遺稿集刊行委員会、1987年

その他

  • 吉見和子『静岡県 無産青年運動の群像 吉見春雄資料より』 同時代社、1997年7月
  • 小木宏『囚われて短歌を遺した人びと』本の泉社、2006年5月 ISBN 4-88023-946-1
  • 佐野ウララ(編)『吉見春雄戦時下の短歌ノート』 同時代社、2010年6月

脚注

関連項目

外部リンク

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