広島県生まれ。1919年(大正8年)明治大学法学部卒業[4]。1922年(大正11年)千葉地方裁判所判事に任官。1927年(昭和2年)に弁護士となる。事務所は京橋区銀座[4]。
帝人事件、炭鉱国管疑獄、昭和電工事件、日殖事件、造船疑獄といった汚職事件の弁護人を務めた[5]。
1955年(昭和30年)東京弁護士会会長に就任。日本弁護士連合会副会長を務めた。
1962年(昭和37年)9月3日に国家公安委員に就任。1972年(昭和47年)9月2日まで2期10年務めた。
1969年(昭和44年)に勲一等瑞宝章を受章。
明治大学専務理事、東京音楽大学理事長も務めた。