名越三昌 From Wikipedia, the free encyclopedia 名越三昌(なごし みつまさ/さんしょう、寛永15年〈1638年〉没) は、安土桃山時代から江戸時代初期の釜師。名は弥右衛門、号を浄味。後世、子孫にも浄味を名乗る者がいるので区別して古浄味とも呼ばれる。父は京都三条釜座の名越善正といわれる。弟に江戸名越家を興した名越家昌。 慶長19年(1614年)、方広寺の大梵鐘鋳造に当たり、総棟梁として弟の名越家昌、対馬守国久、飯田重次等を棟梁に、鋳物師多数を統括した。 「冶工京三条釜座名護屋越前少掾藤原三昌」とこの鐘の銘文に三昌だけ名が記されている。 子孫 京名越家として幕末まで続いた。 作品 四方釜、常張釜、尻張釜、阿弥陀堂釜などを製作した。 方広寺の、梵鐘、風鐸に銘が残る。 参考資料 『名物釜所持名寄』 この節の加筆が望まれています。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。表示編集 Related Articles