名越家昌 From Wikipedia, the free encyclopedia 名越 家昌(なごし いえまさ、生年未詳 - 寛永6年4月14日(1629年6月5日))は、安土桃山時代から江戸時代初期に活躍した釜師。茶人。父は名越善正、兄に名越三昌、名は弥五郎、号を随越という。 慶長19年(1614年)、「国家安康、君臣豊楽」で知られる方広寺大梵鐘の鋳造に当たり、兄の名越三昌と共に多数の鋳物師を統率して完成させた。この功績により越中少掾、「日本鋳物師棟梁」と名乗ることを許された。 その後江戸幕府の命で江戸に行き、江戸名越家を興し、京都で没した。 茶の湯を古田織部より学んだ。 作品 日光市の慈眼大師堂に銅灯籠1基が残されている。 子孫 江戸名越家は代々弥五郎を称し幕府御用釜師として幕末まで存続、現在でも子孫が釜作を行っている。 参考資料 大西清右衛門『茶の湯の釜』淡交社、2004年 ISBN 4473031438 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。表示編集 Related Articles