向井巌 From Wikipedia, the free encyclopedia 向井 巌(むかい いわお、安政5年7月28日[1](1858年9月5日) - 昭和11年(1936年)1月15日[2])は、日本の検察官。錦鶏間祗候。 肥前国(佐賀県)出身。1887年(明治20年)、判事登用試験に合格して検事となった。水戸地方裁判所検事正、宇都宮地方裁判所検事正を歴任。1908年(明治41年)より平壌控訴院検事長、平壌覆審法院検事長を務めた。1917年2月に退官し[3]、同年12月15日に錦鶏間祗候となった[4]。 1936年(昭和11年)1月15日死去。同年1月19日、勅使が派遣され葬送につき幣帛、死去に際し天皇・皇后より祭資を賜る。[5]。 出典 ↑ 人事興信録 1915. ↑ 『官報』第2711号、昭和11年1月18日。 ↑ 『官報』第1363号、大正6年2月19日。 ↑ 『官報』第1613号、大正6年12月17日。 ↑ 宮内庁『昭和天皇実録第七』東京書籍、2016年3月30日、11頁。ISBN 978-4-487-74407-7。 参考文献 人事興信所編『人事興信録 第4版』人事興信所、1915年。 Related Articles