向小島城

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別名 信包城
城郭構造 山城
天守構造 なし
築城主 藤原師信?
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向小島城
岐阜県
別名 信包城
城郭構造 山城
天守構造 なし
築城主 藤原師信?
築城年 永正・天文年間?
主な城主 姉小路向氏、三木氏、金森氏
廃城年 1615年(慶長20年)
遺構 櫓台虎口土塁畝状空堀群
指定文化財 国の史跡「向小島城跡」
(「姉小路氏城跡」のうち)
再建造物 なし
位置 北緯36度15分04.3秒 東経137度07分55.9秒 / 北緯36.251194度 東経137.132194度 / 36.251194; 137.132194座標: 北緯36度15分04.3秒 東経137度07分55.9秒 / 北緯36.251194度 東経137.132194度 / 36.251194; 137.132194
向小島城の位置(岐阜県内)
向小島城
向小島城
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向小島城(むかいこじまじょう)は、岐阜県飛騨市にあった日本の城山城)。別名信包城。国の史跡に指定されている(史跡「姉小路氏城跡」のうち)[1][2]姉小路家向氏本城

戦国時代の永正から天文の間の築城とされている。築城者は姉小路氏の姉小路家綱の子・藤原師信とする説がある。

享禄3年から同4年(1530年-1531年)頃、姉小路氏は三木氏に敗れ、当城も三木氏に押さえられていたと考えられている[3]

後見役である牛丸氏の謀反により向宣政は窮地を脱し、佐竹氏へ仕え、後に向宣政は姉小路頼綱の次女を妻とした。八日町の戦い後、牛丸氏は討伐され、姉小路氏の城となる。

飛騨征伐後は金森氏の城となるも一国一城令により廃城となった[4]

1959年(昭和34年)11月16日に岐阜県指定史跡に指定され[5][6]、2024年(令和6年)2月21日に国の史跡に指定された(史跡「姉小路氏城跡」のうち)。

城郭

櫓台虎口土塁畝状空堀群、発掘調査では石積等が残る[3]

脚注

関連項目

外部リンク

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