吸江英心 From Wikipedia, the free encyclopedia 時代 戦国時代生誕 不詳死没 天文24年1月5日(1555年1月27日)改名 吸江英心 凡例吸江 英心時代 戦国時代生誕 不詳死没 天文24年1月5日(1555年1月27日)改名 吸江英心幕府 室町幕府主君 武田信虎→晴信氏族 武田氏父母 父:武田信縄、母:不詳兄弟 武田信虎、勝沼信友、桜井信貞[1]、吸江英心、女子(小山田信有室)などテンプレートを表示 吸江 英心(きゅうこう えいしん)は、戦国時代の日本の曹洞宗の僧侶で、甲斐武田家出身。 武田信縄の「次子」とされており、信虎のすぐ下の弟で、勝沼信友より年長者だった可能性がある[2]。信縄の命令で僧侶となり、天桂禅長の弟子となっているため、かなり早くに僧侶にされたと推定されている[2](信縄死去の永正4年(1507年)以前)。 永正16年(1519年)に信虎が甲府に移ると、天桂を開山として、菩提寺として甲府に大泉寺 (甲府市)を建立し、自らは大泉寺2世となった[2]。英心は甥の武田晴信の時代である天文24年(1555年)1月5日に死去した[2]。 脚注 ↑ 『甲斐国志』 1 2 3 4 柴辻俊六 編『武田信虎のすべて』新人物往来社、2007年、34頁。ISBN 978-4-404-03423-6。 Related Articles