1972年9月、吹田市立ことぶき保育園にて、高田の孫が転んで額にコブを作った。高田はこの件を保育園からの嫌がらせとして担任の保母を深夜まで糾弾。
これを中止させるべく吹田市労働組合連合会の役員3名が吹田市民生部長に申し入れをおこなったところ、高田は解同支部員三十数名を3役員に差し向けて暴行を加えさせ、負傷させた。
この事件につき、同年9月27日、保母と父母会が光明町会館にて当時の吹田市長榎原一夫の司会のもとで話し合いを持っていたところ、高田ら解同支部員三十数名が無断で乱入し、話し合いを妨害。榎原市長は高田らに退席を求めたが、高田から暴行を受け全治7日から10日の傷を負った。