吾妻神社 (横浜市)
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位置
北緯35度25分20.9秒 東経139度40分3.3秒 / 北緯35.422472度 東経139.667583度座標: 北緯35度25分20.9秒 東経139度40分3.3秒 / 北緯35.422472度 東経139.667583度
主祭神
日本武尊
社格等
村社
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拝殿 ![]() | |
| 所在地 | 神奈川県横浜市中区本牧原29-18 |
| 位置 | 北緯35度25分20.9秒 東経139度40分3.3秒 / 北緯35.422472度 東経139.667583度座標: 北緯35度25分20.9秒 東経139度40分3.3秒 / 北緯35.422472度 東経139.667583度 |
| 主祭神 | 日本武尊 |
| 社格等 | 村社 |
| 創建 | 文和3年(1354年)または天和3年(1683年) |
| 地図 | |

1354年(文和3年)または1683年(天和3年)に創建された。文和説によれば、新田義貞の家臣篠塚重広によって創建された。当社の神体だった古代人の服装をした鉈彫りの像に「文和甲午三年正月十七日祠基新謹平重廣」と書いてあるのが、その根拠である。ただ、この像は1945年(昭和20年)の横浜大空襲によって焼失してしまった。もう一つの天和説では、漁師「吉太夫」が漁をしている際に、海上に浮かぶ像を発見した。この像は東京湾の対岸の上総国望陀郡吾妻村(現・千葉県木更津市吾妻)の吾妻神社が所蔵していたものであったが、津波によって流出してしまったものという。吉太夫は神職になり、この像を祀る神社を創建したという。近くの天徳寺が別当寺であった[1][2]。
例祭
- 1月17日(春祭り)
- 7月17日(夏祭り)
