呂隆 From Wikipedia, the free encyclopedia 呂 隆(りょ りゅう)は、五胡十六国時代の後涼の第4代(最後の)天王。字は永基。懿武帝呂光の弟の右将軍呂宝の子。 国名 後涼在位期間 401年 - 403年都城 姑臧姓・諱 呂隆概要 末主 呂隆, 国名 ...末主 呂隆 後涼 第4代天王国名 後涼在位期間 401年 - 403年都城 姑臧姓・諱 呂隆字 永基生年 不詳没年 弘始18年(416年)父 呂宝母 衛夫人后妃 楊皇后年号 神鼎 : 401年 - 403年閉じる 生涯 咸寧3年(401年)に第3代天王の呂纂が呂隆の弟の呂超らによって暗殺されると、呂超らに擁立されて即位した。しかしこのように不安定な地位のために天王としての力は無く、神鼎3年(403年)に後秦の文桓帝姚興による侵攻を受けて後涼は滅亡し、呂隆は文桓帝に降伏して長安に連行された。 弘始18年(416年)、文桓帝の次男であった広平公姚弼の謀反に巻き込まれて、病床にあった文桓帝の命令で殺害された。 Related Articles