呉大澂 From Wikipedia, the free encyclopedia 呉大澂 呉大澂の肖像画(『清代学者象伝』) 呉 大澂(ご だいちょう、Wú Dàchéng、1835年 - 1902年)。本来の名は「大淳」であって、のちに清の同治帝の名の載淳を避諱して「大澂」に改めた。字は止敬または清卿、号は恒軒または愙斎。清末の金石学者、書画家。 江蘇省呉県(現在の蘇州)出身。1868年に進士となり、翰林院編修、河北道、太僕寺卿、左副都御史を歴任した。1885年、吉林省に派遣されてロシアとの国境問題を処理した。1886年、広東巡撫に抜擢された。1888年、河南山東河道総督に任命され、黄河の治水にあたった。1892年、湖南巡撫となった。日清戦争時には自ら請うて湘軍を率いて戦いに出たが、海城で敗れた。 画は山水・花卉を善くした。書は若い時に陳碩甫に篆書を学び、李陽冰に書法が酷似していた。その後楊沂孫の影響を受け、金文と小篆を結合させ、一家をなした。 著作 『愙斎集古録』 『古字説』 『権衡度量考』 『恒軒所見所蔵吉金録』 関連項目 中国の書家一覧 先代譚鈞培 広東巡撫1886-1888 次代張之洞 先代李鶴年 河道総督1888-1890 次代倪文蔚 先代王文韶 湖南巡撫1892-1894 次代王廉 この項目は、中国の歴史に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:中国/P:歴史/P:歴史学/PJ中国史)。表示編集 典拠管理データベース 全般ISNIVIAFFASTWorldCat国立図書館ドイツアメリカフランスBnF data日本イタリアオーストラリアオランダ韓国イスラエル学術データベースCiNii BooksCiNii Research芸術家ULAN人物Troveその他Yale LUX Related Articles