落語は明治大学在学中、落語研究会に所属していた時[2]、当時落研の顧問であった初代金原亭馬の助との出会いが「志ん治」の運命を決定づけたと言っても過言ではなく、在学中より師匠のもとで修業する[2]。
師匠亡き後は、故郷長野県に活動の場を求め、落語公演の他、ラジオ、テレビCM、DJ、レポーター等に出演し活動の幅を広げている。
地元企業のアルプスタクシーのCMでは1985年「フジテレビローカルCM大賞」を受賞[5]。
各種イベント・結婚披露宴の司会、PTA・企業・各種団体等での「笑い」についての講演会など、現在「気軽に愛され親しまれるよう」笑い療法士としても活躍している[6]。