和田義雄 (童話作家)
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児童雑誌『北の子供』では自作の童話を掲載するほか、カットも描き、「瀬鬼順」の筆名で編集を行うと共に巻頭言の執筆、「美加久節」の筆名でコントを連載している[1]。また、『北の子供』の創刊号では「花の種子」が附録となっていたが、このアイデアも和田によるものであった[1]。
雑誌の宣伝、販売拡張のために設立された人形劇団『こまどり座』ではリーダー格として北海道各地の学校で巡回公演を開催した[1]。雑誌の3周年記念愛読者大会では人形劇以外にも児童劇に俳優として出演している[1]。
『北海道文学大事典』(1985年、北海道新聞社)の「和田義雄」の項には「1946年から1950年までは和田が『北の子供』編集長」、「北の子供」の項目には「2号以降は和田が代表、編集、発行人」としているが、適切な記述ではないとされる[1]。第3巻12号では和田の写真が掲載されているが「かつて本誌の編集をされた方」とのキャプションが付けられており、『こまどり座』結成移行は『こまどり座』の活動が主体になっていたものと推測される[1]。