和連 From Wikipedia, the free encyclopedia 和連(呉音:われん、漢音:かれん、拼音:Hélián、生没年不詳)は、後漢末期の鮮卑族の大人(部族長)。 光和年間[1]、先代の大人である父の檀石槐が没するとその跡を継いだが、才覚・力量は父に及ばなかった。性質は貪淫、裁きは不公平であり、配下の半数の離反を招いた。 霊帝の末年にしばしば侵略を働いたが、北地郡へ侵攻した時、弩の巧みな庶人から射撃され、即死した。子の騫曼は年少であったため、兄の子の魁頭が跡を継いだ。 出典 陳寿撰、裴松之注『三国志』魏書 鮮卑伝注『魏書』 s:zh:三國志/卷30#鮮卑 脚注 [1]范曄『後漢書』鮮卑伝は檀石槐の没年を「光和中」とする。司馬光『資治通鑑』は檀石槐の死、和連の死、さらにその跡を継いだ魁頭の死までを、光和4年(181年)の項に記述する。 先代檀石槐 鮮卑の大人181年 - ?年 次代魁頭 Related Articles