和魯通言比考
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『和魯通言比考』(わろつうげんひこう)は、ロシア帝国アジア局が1857年にペテルブルクで刊行した日本語・ロシア語辞典。刊本としては世界で初めての日露辞典である[1]。ヨシフ・ゴシケーヴィチが編著し、橘耕斎が補助を務めた。
大きさは四六倍判[2](260×175ミリメートル[1])。印刷は、かな・漢字の活字が当地では未整備であったため、まずロシア語を活字で組んで石に転写(石版石刷)し、その余白に橘耕斎が手書きで日本語・漢語を書き入れ、最終的に石版印刷に付すという複合的な方法が用いられた[1]。
本書は約1万5千語を収録する本文(423頁)に、付録(38頁)が付属する。序文(17頁)には、ゴシケーヴィチによる日本語と日本文字についての解説があり、ヨーロッパ人による日本語研究にも言及している。本文では、日本語の語彙をイロハ順に配列し、カタカナ表記(漢字を併記)からロシア語訳を引く形式をとる。付録には、漢字の訓をイロハ順に並べた常用漢字集が収められ、漢字(草書・行書・楷書)にひらがなの読みを付し、ロシア語訳を添えている[3]。