1914年、初世善竹彌五郎の三男として生まれる。兄に初世善竹忠一郎[1]が、弟に善竹圭五郎[2]がいる。子に善竹長徳がいる。孫に善竹徳一郎がいる。
金春流宗家より父彌五郎が善竹の姓を受け[3]、一家をあげて改姓した。
1919年、5歳で狂言「以呂波」のシテで初舞台。
1935年、日本大学大阪中学校を卒業する。
1951年、「三番三」を披く。
1953年、「釣狐」を披く。
1960年、「花子」を披く。
1999年4月、「蛸」のシテを最後に85歳で狂言方を引退した。
2011年9月26日、老衰の為死去。享年98(満97歳没)[4]。初世彌五郎の5人の子息ではもっとも長命かつ、最後の存命人物であった。また、晩年は曾孫・高徳の初舞台を楽しみにしていたという。