喇家遺跡
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黄河北岸の盆地に位置するここに、今から約4000年前に高度な文明を持った町が存在した。しかし、地震に伴って黄河の水が流入して起きた水害により、一瞬にして町が水没し、泥によって密封された状態で発見されたため、東方のポンペイとも言われる。多くの文化財や建物が2000年の発見時に至るまで残ってきたため、喇家遺跡は中国の考古学上重要な遺跡の一つとなっている。同時期に、甘粛省を中心に青海省から陝西省にかけて見られた斉家文化との関連も考えられている。
周辺の土砂とは違う特徴的な黒い砂が見つかる。これは、地震によって天然ダムとなった積石峡(积石峡)が決壊したことで起きた積石峡決壊洪水によるものとされる[2]。