嘉南大圳
From Wikipedia, the free encyclopedia
工事の経緯
日本統治時代前期、嘉義庁、台南庁(現在の雲林、嘉義、台南等の県市)を中心とする嘉南平原地区は、灌漑設備のない農地や甘蔗農園が約15万甲(1甲=約0.97ha、15万甲=約1,455km²)あり、常に日照りや豪雨、さらには排水不良に悩まされてきた[2]。この問題を解決するため、台湾総督府は曽文渓と濁水渓を水源として本農水施設を作ることとした[2]。設計は総督府の技師八田與一が担当した。1920年9月に土木工事を開始し、総工費5,414万円をかけ、1930年4月10日に竣工した[4]、工事は、まず当時東南アジア最大だった烏山頭ダムの建設から始まった。その後、水路が開削され、曽文渓と濁水渓二つの水系を接続した。


