江戸四宿

From Wikipedia, the free encyclopedia

江戸四宿(えどししゅく)、または単に四宿は、江戸時代五街道の各々について江戸日本橋に最も近い宿場町の総称で、五街道の起点である日本橋から2里(約8 km)以内のところにあった[1]。江戸と地方を結ぶ各街道の最初の宿場町であり、江戸の出入り口として重要な役割を担い[1]、人・物資・情報・文化の集散地として機能し、周辺地域と異なった街並みや風格をもっていた[2]

各々に岡場所と呼ばれる非公認の遊廓があり、飯盛女(めしもりおんな)という名目で遊女を置いていた。

江戸四宿を題材とした作品

  • 四宿の屁(古典落語
  • 明治期から大正前期に活躍した落語家・初代柳家小せん(盲小せん)の演目には、品川や新宿の岡場所を舞台にしたものがあるが、現在では昔の遊郭を知っている人がほとんどいなくなったため、一部を除き演じられる機会は少なくなって来ている。

脚注

参考文献

関連項目

Related Articles

Wikiwand AI