江戸四宿
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江戸四宿(えどししゅく)、または単に四宿は、江戸時代に五街道の各々について江戸・日本橋に最も近い宿場町の総称で、五街道の起点である日本橋から2里(約8 km)以内のところにあった[1]。江戸と地方を結ぶ各街道の最初の宿場町であり、江戸の出入り口として重要な役割を担い[1]、人・物資・情報・文化の集散地として機能し、周辺地域と異なった街並みや風格をもっていた[2]。
各々に岡場所と呼ばれる非公認の遊廓があり、飯盛女(めしもりおんな)という名目で遊女を置いていた。
| 四宿 | 位置 | 接続する街道・湊 | 飯盛女 の上限 | |
|---|---|---|---|---|
| 五街道 | その他 | |||
| 千住宿 | 北緯35度45分2.2秒 東経139度48分10秒 | 奥州道中 日光道中 | 水戸街道 | 150人 |
| 板橋宿 | 北緯35度45分18.6秒 東経139度42分33.2秒 | 中山道 | 川越街道 | 150人 |
| 内藤新宿 | 北緯35度41分19.7秒 東経139度42分33.9秒 | 甲州道中 | 青梅街道 | 150人 |
| 品川宿 | 北緯35度37分7.7秒 東経139度44分39.3秒 | 東海道 | 品川湊 | 500人 |