因島毒饅頭事件
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1961年1月8日、広島県因島市で農業を営むM(32歳)の兄夫婦(当時すでに両名とも故人)の娘すなわち姪である女児(4歳)が、農薬の付着したどら焼きを食べて死亡した。この事件は状況から事故として処理されたが、M宅に同居していた兄夫婦とMの次女および三女が、この事故の4年前から2年前にかけて相次いで亡くなっていたことから、島には、この5人の死に関連がある、と確たる根拠もなく噂する者もあった。
そのうち、ある者から「おかしいと評判だ、調べてくれ」[1]と密告する電話が因島区検察庁にかかってきた。そして事件から1か月も経たない1961年2月2日にMは警察に逮捕され、直後にMは「5人を殺害した」と自供した。