固寧倉

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固寧倉(こねいそう)とは、江戸時代後期に姫路藩が整備した非常用食糧備蓄用倉庫である。ただし、飢饉などが起きていない時には、食糧の運用も行われた。固寧倉の原型は、から伝来した社倉の制度である。江戸時代には他の藩でもこれに似た制度が作られた。

姫路市妻鹿にある固寧倉
姫路市刀出にある固寧倉
姫路市野里にある固寧倉

名称は『書経』の一節にある「民惟邦本、本固邦寧(民は惟れ邦の本、本固ければ邦寧し)」(たみはこれくにのもと、もとかたければくにやすし)から2文字が取られたものである。であったことから「固寧倉」となった。儒学者の林述斎が文字を選び、その子の檉宇扁額の文字を書いたと伝えられている。

歴史

固寧倉の現在

脚注

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