国井精一
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宮城県岩沼市出身。小学6年時よりサッカーを始め、宮城県工業高等学校から日本体育大学へ進学。選手時代はDFとして、天皇杯、全日本大学サッカー選手権大会、国民体育大会などに出場した。
1975年、聖和学園高等学校に保健体育教諭として奉職。当初、同校には女子サッカー部がなかったため、当時全国屈指の強豪であったバスケットボール部のアシスタントコーチを10年間務めた。
1985年、同校の女子サッカー部を創設し、初代監督に就任。バスケットボールの指導経験も取り入れた独自のサッカー理論を構築し、制約の多い練習環境の中で独創的なトレーニング法を数多く考案した。1991年度(1992年1月)に開催された第1回全日本高等学校女子サッカー選手権大会では、チームを初代女王に導いた。以降、32年間にわたり監督として指揮を執り、計4度の全国優勝を達成。同部を全国屈指の強豪校へと育て上げた[1]。
2016年に監督を教え子の曽山加奈子へ引き継ぎ、2017年に定年退職。同年より5年間、総監督として後進の指導にあたった。2020年からは東北福祉大学の男女サッカー部監督を務める傍ら[2]、文京学院大学女子中学校・高等学校サッカー部のアドバイザーも務めている[3]。
指導方針・哲学
人物・家族
実績・戦績
- 全国大会優勝:4回
- 全日本高等学校女子サッカー選手権大会:3回(1992年度/第1回、1998年度/第7回、2001年度/第10回)[8]
- 全国高等学校女子サッカー大会:1回(1991年度/第7回)(※現在の選手権大会が始まる前の全国大会)
- 全日本高等学校女子サッカー選手権大会:準優勝1回、3位7回
- 皇后杯:出場13回[9]