国際ラグビー選手会特別功労賞
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国際ラグビー選手会(IRP、International Rugby Players organization)は、アイルランドの首都ダブリンに本部を置く国際ラグビー選手協会(IRPA、International Rugby Players Associations)の会員である[2]。
2024年現在、IRPAの会員は、南アフリカ共和国、イングランド、オーストラリア、アイルランド、ウェールズ、フランス、日本、スコットランド、ルーマニア、太平洋諸国(フィジー、トンガ、サモア)、アメリカ合衆国、イタリア、ニュージーランドによる12のプロ選手協会で構成されている[2]。
上記以外、選手協会が設立されていない国は、15人制と7人制の主要ラグビー大会の男子と女子の選手で構成される、選手評議会から代表を出す[2]。
受賞者
2017年以降は、現役時代の活躍のみならず、引退後の活動を大きく評価するようになった。
| 年 | 受賞者 | 備考 | 出典 |
|---|---|---|---|
| 2007 | フランス代表として12年間で118回のテストマッチに出場しており、うち42回キャプテンを務めた。フランス史上最多のキャップ数を誇り、1995年から2007年までレ・ブルーの象徴的存在となった。フィリップ・セラに次いでフランス代表100キャップを達成した。 | [4] | |
| 2008 | アルゼンチン代表キャプテンを務め、フィールド内外でラグビー界に多大な貢献を果たし、特に過去10年間、アルゼンチンを世界トップ5入りに導いた功績が認められた。 | [5][6] | |
| 2011 | オーストラリア代表として110回のテストマッチに出場。バーバリアンズでは4回出場した。 | [7][8] | |
| 2015 | 1999年から2014年まで、アイルランドとブリティッシュ&アイリッシュライオンズで141回のテストマッチに出場し、前年2014年テストマッチ史上最多出場選手として引退した。 | [9] | |
| 2003年にラグビーワールドカップで準優勝し、その10年後には116キャップを記録して引退した。 | |||
| 2016 | 南アフリカ代表として109回のテストマッチに出場。前年ワールドカップ2015で顎を骨折し、13年間の代表キャリアに幕をおろした。元ヘッドコーチのヘイネケ・マイヤーは彼を「スプリングボクス史上最高の選手の一人」と称えた。 | [10][11] | |
| 2017 | オールブラックスで148回のテストマッチに出場し、うち110回はキャプテンとなった。IRPA南半球地区の初代会長、13年間NZRPAの理事として活躍し、選手がフィールド内外で活躍できる環境づくりに尽力した。ニュージーランドラグビー財団とキャットウォーク・トラストの後援者でもあり、重傷を負った選手とその家族を支援し、脊髄損傷後の麻痺を克服するための研究に資金を提供。スポーツを通じて若者に明るい未来を創造するよう啓発する慈善団体iSportの共同設立者でもある。 | [12][13][14] | |
| 元イングランド年間最優秀選手。4年間にわたり、ワールドラグビー競技規則審査グループ、ラグビー委員会、女性諮問委員会など、数多くの委員会の委員を務め、選手の福祉やラグビー全般に大きく貢献した。2014年にはラグビー選手協会初の女性理事に就任し、IRPA代表やラグビーアスリート委員会でも活躍。女子ラグビーアカデミーも運営し、次世代の選手育成に取り組んでいる。 | |||
| 2018 | ニュージーランド代表としてワールドラグビーセブンズシリーズに11年間にわたり89大会512試合に出場し、153トライを記録した。チームキャプテンとしても選手たちの貴重なパイプ役、代弁者となった。女子セブンズの発展、選手の福祉基準の向上、選手の健康、そしてオリンピック出場へ尽力。ニュージーランドラグビー選手会や国際ラグビー選手会と協力して、選手の健康・育成プログラムに取り組んだ。 | [15][16] | |
| オーストラリア代表として129試合出場し、うち26試合はキャプテンを務めた。国際キャリアに終止符を打つ前には、ラグビーユニオン選手協会の選任ディレクターを1年間務めた。引退後はシドニー・インヴィクタス・ゲームズのエグゼクティブ・アンバサダーを務めたほか、ライフライン・キャンベラやドナルド・マクドナルド・ハウスの理事も務める。 | |||
| 2019 | アイルランド代表として95キャップ、ライオンズでも5キャップを獲得。引退後は、ワールドラグビーのラグビー委員会、ラグビー選手委員会、WADA、IOCの主要メンバーとして活躍。選手の食事や権利の向上を求めて、選手たちの主要な代弁者となっている。 | [17] | |
| 2022 | 南アフリカ代表として124回出場し、67トライを記録。ワールドカップ史上最多トライ記録保持者(15トライ)になる。国際ラグビー選手会や南アフリカ選手会と協力し、被災地支援の募金活動や、男女15人制ラグビーや7人制ラグビーのトップレベルの選手たちの声を届ける活動に貢献した。 | [18][19] | |
| 2023 | 南アフリカ代表として111回出場し、そのうち83回でキャプテンを務めた。2018年から2022年まで南アフリカラグビー選手会の理事を務め、COVID-19の流行時期には、試合が無い選手たちを南アフリカラグビーの執行委員会に出向させた。その後、南アフリカラグビーレジェンド協会CEOを務め、草の根ラグビーの発展と南アフリカにおける引退選手のサポートを行っている。 | [20] | |
| 2024 | 2024年4月に現役引退。女子シックス・ネーションズ6回優勝、グランドスラム5回優勝。イングランドのラグビー選手会副会長を務め、イングランドラグビー協会の出産に関する方針の創設に尽力。 | [21] | |
| 2025 | 2021年の現役引退後、選手のキャリア移行を支援する財団を立ち上げる。太平洋地域の子どもたちのために200万ニュージーランドドル以上を募金している[22]。 | [22] |