土倉一昌
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鳥取藩家老池田之昌(日向)の三男[1]として生まれる。文政3年12月(1811年)、土倉一静の養女常代を娶り、婿養子として家督を相続[1]。岡山藩家老、佐伯1万石の領主となる。文政12年(1829年)12月、仕置家老となる。
天保13年(1842年)1月30日、岡山で藩主池田斉敏が継嗣無きまま没したため、2月、江戸に出府して藩邸の対応にあたる。斉敏の死去を伏せたまま、中津藩から慶政が養子として迎えられ新藩主となった。
弘化元年(1845年)12月に隠居し、家督を先代一静の実子である一善に譲る[1]。慶応4年(1868年)に一善、明治7年(1874年)に養孫の正彦が没したために家督を再襲する[1]。明治8年(1875年)8月14日没、享年75。