土屋春雄
From Wikipedia, the free encyclopedia
二輪のモトクロスからモータースポーツの世界に入り、城北ライダース、東名自動車設立などを経て、1971年(昭和46年)7月につちやエンジニアリングを創業。以来、エンジニア・監督として富士フレッシュマンレース(現・富士チャンピオンレース)100勝やSUPER GT・GT300チャンピオンなど数々の功績を収めてきた。
→詳細は「つちやエンジニアリング」を参照
還暦を過ぎても監督兼エンジニアとして活躍し、2016年に息子の土屋武士と共にGT300クラスチャンピオンとなるが、そのわずか9日後に口腔底癌により入院し、レースの一線からは一旦退いていた[1]。