土岐實光 日本の大正時代~平成時代後期の鉄道技術者 From Wikipedia, the free encyclopedia 土岐 實光(とき さねみつ、1922年(大正11年)6月30日[1] - 2011年(平成23年)4月13日)は、日本の鉄道技術者。 経歴 東京工業大学工学部機械工学科卒業。 日本国有鉄道の設計技師長として、1962年(昭和37年)より649両が製造された、DD51形ディーゼル機関車の主任設計技師を務めた。 その後、東急車輛製造に移り、アメリカ合衆国バッド社との技術提携により、オールステンレス鉄道車両の国産化に努め、同社では専務取締役まで務めた。 国鉄によるオールステンレス車両の導入にあたり同社の技術を無償で公開するなど、オールステンレス車両の普及に大きく貢献したことから、社内では「ミスターステンレス」と呼ばれていた。 家系 子爵土岐章の長男であり[2]、上州沼田藩主土岐家の直系(第18代当主)で、血統上は松平定信の男系子孫である。関東土岐会の名誉会長を務めた。夫人は元陸軍大将木村兵太郎の長女・百合子[1]。 2011年(平成23年)4月13日、進行性神経まひのため死去。88歳歿。墓所は東京都品川区の春雨寺。 著書 電車を創る 1994年、交友社刊 - 『鉄道ファン』連載の「ある車両技術者の回想」をまとめたもの。 脚注 [1]『平成新修旧華族家系大成』下巻、147頁。 [2]『人事興信録. 13版』(国立国会図書館近代デジタルライブラリー) 参考文献 霞会館華族家系大成編輯委員会『平成新修旧華族家系大成』下巻、霞会館、1996年。この項目は、鉄道に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:鉄道/PJ鉄道)。表示編集 Related Articles~TimelinesTop QsFact Checks