土岐頼栄 From Wikipedia, the free encyclopedia 時代 戦国時代改名 土岐頼秀/村山頼家(頼栄)幕府 室町幕府主君 土岐頼芸、斎藤利政(道三)、斎藤義龍 凡例土岐 頼栄(ときよりひで)時代 戦国時代改名 土岐頼秀/村山頼家(頼栄)幕府 室町幕府主君 土岐頼芸、斎藤利政(道三)、斎藤義龍氏族 土岐氏父母 土岐頼芸兄弟 土岐頼次、土岐頼旨、土岐頼元妻 稲葉一鉄娘テンプレートを表示土岐 頼栄 (ときよりひで) は、美濃守護土岐頼芸の嫡男。幼名は太郎法師。 この節は検証可能な参考文献や出典が全く示されていないか、不十分です。 出典を追加して記事の信頼性向上にご協力ください。(このテンプレートの使い方)出典検索?: "土岐頼栄" – ニュース · 書籍 · スカラー · CiNii · J-STAGE · NDL · dlib.jp · ジャパンサーチ · TWL (2023年4月) 斎藤利政(道三)の野心を見抜き父に讒言するも斎藤利政の反撃に合い、傅役の村山越後守芸重とともに鵜飼山城に籠る。織田信秀らの攻撃により両陣営は和議を結ぶも、頼栄は廃嫡された。この戦いののち、斎藤利政は出家し道三と称した。廃嫡された後、村山越後守芸重の養子となり、村山頼家とも村山頼栄と称したとされる。一方、『寛政重修諸家譜』では武功を上げたことで道三に許されて武儀郡吉田に住み一色姓を称したという[1]。 長良川の戦いでは、斎藤義龍の旗下で村山越後守芸重ともに出陣し武功を挙げた。 脚注 [脚注の使い方] ↑ 『寛政重脩諸家譜 第2輯』(國民圖書、1923年) 外部リンク 美濃の武将土岐頼芸の長男で廃嫡されたとされる土岐頼栄に関する史料、図書はないか。 - 国立国会図書館 Related Articles