土師磐村

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土師 磐村(はじ の いわむら、生没年不詳)は、飛鳥時代の人物。

日本書紀』巻第二十一の、蘇我氏物部氏の戦争のきっかけとなった、穴穂部皇子および宅部皇子の暗殺の場面のみに登場する。

用明天皇崩御587年[1]により、次の皇位を狙う異母弟の穴穂部皇子は、大連物部守屋と結んで、淡路島への遊猟を口実に兵をあげようとしたが、大臣蘇我馬子はその陰謀を察し、故敏達天皇の大后の炊屋姫の勅命を奉じ、佐伯丹経手的真噛とともに、土師磐村に、速やかに穴穂部皇子と、彼と親しい宅部皇子とを誅殺することを命じた。その日の夜半、彼らは皇子の宮を包囲した。穴穂部皇子も楼からこれを迎え撃とうとしたが、衛士により肩を射られて負傷し、隣家に逃げ込んだところを発見され、殺された[2]。その翌日には、宅部皇子も彼らによって殺害されている[3]

脚注

参考文献

関連項目

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