土田一徳
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来歴
- 1985年3月、事務所に入所してすぐに男闘呼組の結成メンバーとなり、キーボードを担当。ドラマ中心の活動が多忙となり男闘呼組から離れる。同年4月からはテレビ朝日の『欽ちゃんのどこまでやるの!?』にも出演した。その後、1985年12月からのTBSドラマ『毎度おさわがせします2』への出演が決定。以後は、俳優業を専門に活動した。
- 1987年後半にジャニーズ事務所を退所後、約1年間のブランクを経て、1988年後半に新たな芸能事務所に所属。約2年に渡り俳優活動を再開したが、1990年後半、出演していたTBSドラマ『スクール・ウォーズ2』の撮了すると同時に芸能界を引退した。
- 2000年代に入り、劇団「はなまる大作戦」に参加。また、アメブロでブログも開設した(現在は閉鎖)。このブログで土田姓から坂井姓に改名した理由を明かしている。2009年からは横浜開港150周年記念テーマイベント「開国・開港Y150/開国博Y150」に連動するかたちで芸能プロダクション「株式会社i-Factory」を設立、自ら所属タレントのマネージメントをするなどしたが、2013年初頭にブログとプロダクションのウェブサイトを閉鎖した。
- 2023年6月22日発売の『週刊文春』6月29日号に、ジャニーズ事務所在籍時にジャニー喜多川から受けた虐待行為(ジャニー喜多川性加害問題を参照)を告白した記事が掲載された[1][2]。
- 2023年9月、不整脈による心肺停止で集中治療室入院加療中との代理人の報告があった[3]。懸命な治療により現在は退院し快方に向かっている。
- 2024年1月31日、自身のXを更新し故ジャニー喜多川元社長による性加害をめぐり、SMILE-UP.から提示された補償案に合意したと報告した[4]。
- 2025年6月、電子書籍「You ずるいよ!完全版 旧ジャニーズ」を配信。
- 10月16日、YouTubeチャンネル「街録ch」に出演。これを最後にSNS発信を終了することを話した。