土田城 From Wikipedia, the free encyclopedia 土田城(どたじょう)は、岐阜県可児市土田にあった日本の城(山城)[1]。 1469年~1487年頃、土田氏によって築かれた。北に可児川と西は木曽川の街道沿いにあった。 城主は土田秀久、土田泰久、土田源太夫とつづき、その後生駒氏に養子となっていた生駒親重とその子・生駒親正が土田城の城主となる。1574年に織田信長の命で土田城を退去し、森長可の土田を支配する。本能寺の変後、森長可は土田城を破城とした。 現在 主郭、曲輪、石垣、堀切、出丸[2]が残り主郭は断崖絶壁となっている。麓には説明板と石碑がある。眼下に可児川と木曽川があり堀をなしている。 織田信長の生母である土田御前は、この土田城が誕生の地とされている[3]。 土田城の麓と遊歩道の脇にも五輪塔が並んでいる[4]。 脚注 ↑ 別名で生駒氏の出世城や織田信長の生母土田御前の実家の城と言われる ↑ 大手曲輪、中曲輪、金子山出丸がある ↑ 土田御前生誕の地の石碑と土田御前と吉法師の銅像が湯ノ花アイランド市場にある ↑ 土田一族の墓とされている 参考文献 本丸跡手書き説明版 「城外四囲は断崖絶壁急転直下、東一帯が本丸跡、更に北に延びる尾根は出丸曲輪跡、ここから眺める展望は絶景。南面に残る石垣が五百年の歴史を語る。北面に戦国の世重要視された火薬庫跡崩れ遺れる。つわ者どもの夢の跡」 関連項目 日本の城一覧 外部リンク 土田城跡(Gifu ebooks 岐阜イーブックス) 土田のあれこれ/可児市(土田城と生駒氏(可児町史・可児市史より)) Related Articles