圭室諦成 From Wikipedia, the free encyclopedia 圭室 諦成(たまむろ たいじょう 1902年3月8日[1] - 1966年5月15日 [2])は、日本の歴史家。 熊本県出身。1923年東京帝国大学文学部選科に入学[3]。1927年に同学部国史学科に竹内理三、藤木邦彦、宝月圭吾らとともに入学[4]し、1928年に卒業[5]。東京帝国大学史料編纂所に入所し、史料編纂官補となり、1935年に退官[6]。その後、駒澤大学教授に転じた。この間、寺院経済史研究に努めた。戦時中、熊本に疎開し[1]、熊本女子大学(現・熊本県立大学)が創立されると、1950年に同大学文家政学部教授になり[7]、熊本の地域史研究に努めた[1]。1960年に明治大学文学部教授に転じたのちも、熊本県史、熊本県議会史の編さんに携わりながら、再び仏教史研究に努めた[1]。 脚注 1 2 3 4 荒木精之「圭室諦成氏と熊本」『熊本日日新聞』1966年5月20日。(荒木精之『針の耳から 荒木精之著作集』熊本出版文化会館、1993年、106-108頁。国立国会図書館書誌ID:000002252920。 ) ↑ 〔署名なし〕「圭室諦成氏の訃(学界消息)」『日本歴史』第218号、吉川弘文館、1966年、114頁。 ↑ 『東京帝国大学一覧 從大正12年至大正13年』東京帝国大学、1924年8月15日、(59)頁。NDLJP:940172/276。 ↑ 『東京帝国大学一覧 従大正15年至昭和2年』東京帝国大学、1927年9月10日、479頁。NDLJP:1448364/244。 ↑ 『東京帝国大学要覧 従昭和2年至昭和3年』東京帝国大学、1928年6月29日、396頁。NDLJP:1448263/207。 ↑ 『史料編纂所一覧 昭和12年5月』東京帝国大学文学部史料編纂所、1937年、47頁。NDLJP:1220481/31。 ↑ 熊本県立大学開学五十周年記念誌編集委員会 編『熊本県立大学開学五十周年記念誌』熊本県立大学、1998年、123頁。国立国会図書館書誌ID:000002708715。 Related Articles