坂井田晃
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- やまと競艇学校時代、リーグ戦勝率3.66(優出1)の成績を残した[1]。
- 2010年5月9日、津競艇場でデビュー(転覆失格)。
- 2013年1月13日、蒲郡競艇場で初勝利(デビュー後246走目)。
- 2018年2月23日、江戸川競艇場での「第6回ボートレース研究ファン感謝祭」最終日の第8レースでフライング返還欠場。
- 2018年7月16日、浜名湖競艇場での「浜名湖 - 地区対抗第3戦!東海vs近畿」で最終日の第9レースで回数は5月1日にリセットされたもののその年2回目のフライング返還欠場。
- 2018年8月1日、下関競艇場での「オラレ下関オープン4周年記念」4日目にその年3回目(5月1日から10月30日までの間では2回目)のフライング返還欠場。その際に欠場艇表示盤を見落とし最後まで完走してしまう。返還欠場艇は速やかに離脱しなければならないルールのため、即刻帰郷を命じられた(最終節間成績24644F)。これが自身最後のレースとなった。
- 2018年8月12日に津競艇場での中京スポーツ・三重テレビ納涼しぶき杯争奪戦に出場する予定だったが、斡旋が削除された。
- 2018年10月31日、引退。登録消除。
人物
概要
三重大学教育学部美術教育専攻を卒業後、教員として中学校・小学校に勤務したのち、競艇選手へ転身した。元中学校の美術教師という異色の経歴で注目を集め、やまと競艇学校在学中には複数のメディアに取り上げられた。競艇選手引退後は教職に復帰し、現在は三重県モルック協会の理事としてスポーツ振興活動に携わっている。教職と競技スポーツという異なる分野を経験し、教育現場とスポーツの双方に携わってきた人物である。
経歴
◯教育・教職時代
三重大学教育学部美術教育卒。教員採用試験に合格後、伊賀市立崇広中学校にて4年間美術科教員を務め、続いて津市立高茶屋小学校にて2年間、6年生の担任を務めた。在職中、担任した児童をきっかけに競艇の魅力に触れ、競艇選手を志すようになる。
◯競艇選手時代
翌年、6年間勤めた教職を退職し、やまと競艇学校(106期)に入学。同校では、受験者数1,706名の中から40名の合格者に選ばれ、うち22名が卒業した。元中学校の美術教師という異色の経歴から、在学中はテレビや新聞など複数のメディアに取り上げられた。卒業後は、競艇選手としてデビューし、約9年間現役生活を送った。
◯教職復帰・現在
競艇選手引退後、教職に復帰。現在は三重県モルック協会の理事を務め、ニュースポーツを中心としたスポーツ振興活動に取り組んでいる。また、2025年時点では三重県職員(スポーツ推進局勤務)をしており、第79回国民スポーツ大会冬季大会スケート競技会(スピードスケート)(伊香保国スポ2025)の選手団総務として同大会に参加している[2]。
戦績
- 出走回数:1074回
- 1着回数:35回
- 優出回数:0回
- 優勝回数:0回
- フライング(F)回数:14回
- 出遅れ(L)回数:0回
- 通算勝率:3.06
- 2連対率:9.96
- 3連対率:21.23
- 生涯獲得賞金:97,933,992円