坂口敏之 From Wikipedia, the free encyclopedia 坂口 敏之(さかぐち としゆき、1909年3月29日[1] - 1999年[2])は、日本の医師、軍医。 熊本県玉名郡梅林村(現・玉名市)に生まれる[3]。熊本県立玉名中学校(現・熊本県立玉名高等学校・附属中学校、1927年卒業)を経て、熊本医科大学を卒業した。 1937年7月には上海に派遣され患者輸送部隊の医師として、負傷した兵士を野戦病院から後方へ送る仕事に従事した[2]。太平洋戦争開戦後は軍医として徴兵され、マレー作戦に従軍し、1942年秋まで占領地を移った[2]。 戦後は福岡県大牟田市の三井三池鉱業所病院に勤め、定年退職後に開業医となった[3]。1952年に熊本大学より医学博士号を取得している[4]。1975年には『肥後の子供歳時記』を刊行した[5]。1999年に満89歳で死去した[2]。 没後の2020年に、日中戦争以来の従軍当時を綴った手記「従軍記」が大牟田市の遺族宅に保管されていることが報じられた[2]。 著書 『肥後の子供歳時記』葦書房、1975年 『上田仙太郎伝 : ロシア通の仙骨外交官』葦書房、1985年 『小さい庭の四季』葦書房、1990年 脚注 ↑ 『日本医籍録 第24版』医学公論社、1956年、福岡県42頁。 1 2 3 4 5 “戦後75年 軍医が見た戦地の光景 熊本の医師の手記7冊、中国・東南アジアで記録”. 産経新聞. (2020年8月3日). https://www.sankei.com/article/20200803-MNHYKPM2HNPV7MG2HEWDUCDATA/ 2023年8月閲覧。 エラー: 閲覧日は年・月・日のすべてを記入してください。(説明) {{cite news}}: |accessdate=の日付が不正です。 (説明)⚠ 1 2 『上田仙太郎伝 : ロシア通の仙骨外交官』奥付 ↑ 北九州日本人耳介の人類学的研究、特にその年令的考察 - 国立国会図書館サーチ ↑ 肥後子供歳時記 - 国立国会図書館サーチ 典拠管理データベース 全般ISNIVIAF国立図書館アメリカ日本学術データベースCiNii BooksCiNii Researchその他Yale LUX この項目は、科学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝/Portal:自然科学)。表示編集 Related Articles~TimelinesTop QsFact Checks