坂崎幸之助のオールナイトニッポン From Wikipedia, the free encyclopedia オールナイトニッポン > 坂崎幸之助のオールナイトニッポン 坂崎幸之助のオールナイトニッポンはニッポン放送の人気深夜放送オールナイトニッポンでTHE ALFEEの坂崎幸之助がパーソナリティを担当したラジオ番組。 1980年4月~1981年9月 火曜2部 深夜27:00-29:00 1982年4月~1983年3月 火曜1部 深夜25:00-27:00 2004年3月31日~9月22日 水曜1部 深夜25:00-27:00 コーナー どうもすいませんコーナー リスナーからの怒りのはがきを読み、坂崎が林家三平の真似をして「どうもすいません」と謝る[1]。 桜井の父コーナー 同じALFEEの桜井賢の父をネタにしたものを紹介。『所ジョージのオールナイトニッポン』の同名タイトルのコーナーを引き継いだ[1]。 質問コーナー 恋人になりたい情報 替え歌コーナー モーニングコール 火曜2部時代、「この早朝から準備や仕事で起きている人もいるだろう」として、そのような人たちと電話をつないで話をするコーナー。このコーナーの第1回目に出演したのは、ちょうど『ズームイン!!朝!』(日本テレビ)の準備をしていた徳光和夫(当時同局アナウンサー)だった[1]。 特集コーナー[2] 登場したゲスト なぎら健壱 高田渡 加藤和彦 kayoko 加山雄三 ばんばひろふみ 泉谷しげる 石川よしひろ THE ALFEE 忌野清志郎 所ジョージ 山口智充 チューリップ 稲川淳二など 補足 1984年4月4日から1985年3月27日まで『アルフィーのオールナイトニッポン』が水曜1部にて放送されていた。 1980年~1981年の火曜2部担当の当時は、ニッポン放送において『坂崎幸之助のほとんど冗談!』のパーソナリティも兼任していた。 後に歌手・シンガーソングライターとしてデビューする池田幸司が、はがきや自分の歌を録音したデモテープをこの番組宛に送り続け、まずこの番組中で有名になる[3]。この番組ではアルフィーのミキサーの鈴木千春の名を借りて「岡山の千春」を名乗って投稿していた[3][4]。この番組がきっかけでそのユニークさと熱意、音楽的志向の強さにアルフィーのスタッフが強く反応し、アルフィーの他のメンバーやスタッフらファミリーに紹介される[3][5]。1983年3月には坂崎から池田に向けて直接「上京したら番組に出してあげよう」とメッセージを発し、早速その翌週に上京した池田は本番組に出演した[4]。 脚注 [脚注の使い方] 出典 1 2 3 『オールナイトニッポン大百科』主婦の友社、1997年10月、62頁。 坂崎幸之助インタビュー ↑ 『ラジオライフ』第2巻第2号、三才ブックス、1981年3月1日、69頁。 1 2 3 ラジオマガジン 1984年10月号 129 - 130頁 池田幸司の記事。 1 2 明星 1985年1月号 130 - 131頁 池田幸司の記事。 ↑ 明星(集英社)1984年10月号 164頁「今月の新人」池田幸司の記事。 オールナイトニッポン 前担当山崎ハコ 坂崎幸之助のオールナイトニッポン火曜 27:00 - 29:00坂崎幸之助 次担当阿呆鳥 オールナイトニッポン 前担当所ジョージ 坂崎幸之助のオールナイトニッポン火曜 25:00 - 27:00坂崎幸之助 次担当高橋幸宏 オールナイトニッポン 前担当堀内健とビビる大木 坂崎幸之助のオールナイトニッポン水曜 25:00 - 27:00坂崎幸之助 次担当ビビる大木 2004年オールナイトニッポンパーソナリティ 曜日1月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月 月曜西川貴教 火曜土屋礼央 水曜堀内健とビビる大木 坂崎幸之助 ビビる大木 木曜ナインティナイン 金曜週替わり 田村淳 笹川美和 土曜リスナーズBEST! SHOGO この項目は、ラジオ番組に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル ラジオ/ウィキプロジェクト 放送または配信の番組)。表示編集 Related Articles