2間半(4.5m)の道に約180軒が並んでいた宿場である。宿場の北端は追分になっており「日光道」とかかれた道標が現存し、「左 日光道 松山道」「右 よしミ村」と彫られている。左は島田の渡しを越えて高坂宿に向かう日光脇往還、右は石井宿を経由して吉見に向かう道であることを表している。
現在では、薬師町から上吉田にかけて区画整理により街道跡は消滅している。上吉田の国道407号旧道沿いセブン-イレブン坂戸伊豆の山店の裏、柴村造園向かいに「旧日光街道の碑」がある。1980年に吉田の松周辺整備委員会が建てたもので[1]、区画整理により行き止まりになった道が旧日光脇往還であったことを表している。