坂本大造

From Wikipedia, the free encyclopedia

坂本大造

坂本 大造(さかもと だいぞう、1894年明治27年)12月8日[1] - 1964年昭和39年)7月29日[1][2])は、大正から昭和期の造船技術者政治家華族貴族院男爵議員

本籍・長野県[2]海軍士官坂本俊篤の長男として生まれる[1][3][4]。父の死去に伴い、1941年(昭和16年)6月2日、男爵を襲爵した[1][3][5]

1916年(大正5年)早稲田大学理工科[注 1]を卒業した[2][3]。同年、横浜船渠に入社[2]。その後、石川島造船所に移り、工作部鍛錬工場長、鋳鍛部部長代理などを務めた[2]

1946年(昭和21年)6月29日、貴族院男爵議員補欠選挙で当選し[6][7]公正会に所属して活動し1947年(昭和22年)5月2日の貴族院廃止まで在任した[2]

親族

脚注

参考文献

Related Articles

Wikiwand AI