城宝寺古墳
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位置
北緯34度40分3.5秒 東経137度16分3.5秒 / 北緯34.667639度 東経137.267639度座標: 北緯34度40分3.5秒 東経137度16分3.5秒 / 北緯34.667639度 東経137.267639度
規模
径20m
| 城宝寺古墳 | |
|---|---|
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城宝寺古墳石室入口 | |
| 所在地 | 愛知県田原市田原町稗田 |
| 位置 | 北緯34度40分3.5秒 東経137度16分3.5秒 / 北緯34.667639度 東経137.267639度座標: 北緯34度40分3.5秒 東経137度16分3.5秒 / 北緯34.667639度 東経137.267639度 |
| 形状 | 円墳(前方後円墳の可能性あり) |
| 規模 | 径20m |
| 築造時期 | 6世紀末 |
| 史跡 | 愛知県史跡 |
| 地図 | |

城宝寺古墳(じょうほうじこふん)は、愛知県田原市田原町稗田に位置する古墳。渡辺崋山の墓所で有名な城宝寺の境内にある、6世紀末から7世紀初頭に築造された古墳であり、1975年(昭和50年)、愛知県の史跡に指定された[1][2]。
石室


現存する石室は全長が8.7mで、うち玄室が長さ6.4m、幅2.4mである。羨道は長さ2.3m、幅1.2m、高さ1.5mだが、羨門部は破壊後に積み直された形跡があり、本来の羨道は現在より2mほど長かったと考えられる。羨道部は天井石の一部が現存している[5]。
石室は墳丘の中央でなく、西側に大きく偏った位置(墳丘の西端から7m、東端から12m)に構築されており、本来の墳丘は現在より西方(城宝寺境内)まで広がっていたと考えられる[1]。入口には柵が設置されており、中には入れないが、柵を通して内部を見ることは可能である[6]。