埴原和郎
From Wikipedia, the free encyclopedia
1927年、福岡県北九州市で生まれた。明星中学校、旧制成蹊高等学校を経て、東京大学理学部人類学科に進学した。同大学大学院(旧制)を修了[1]。1958年、学位論文『日本人及び日米混血児乳歯の研究』を東京大学に提出して理学博士号を取得[2]。
1958年、札幌医科大学法医学教室助教授に就いた。1972年、東京大学理学部人類学教室教授となった。1984年からは東京大学総合研究資料館館長を兼任(1985年まで)。1987年に国際日本文化研究センター教授となり、同年は東京大学教授も兼任した。翌1988年、東京大学を定年退官。1993年には国際日本文化研究センターを定年退官し、名誉教授となった。その後は国際高等研究所副所長・学術参与・顧問、神戸女学院理事を務めた。
受賞・栄典
研究内容・業績
専門は自然人類学で、日本人の「二重構造モデル」を展開した事で知られている。
- 埴原コレクション
かつて勤務していた東京大学総合研究資料館に「埴原コレクション」として(1)歯牙石膏印象コレクション(6000点以上)、(2)現代日本人頭骨計測データが残されている[4]。