埴生常益 From Wikipedia, the free encyclopedia 埴生 常益 (はにゅう つねます、生没年不詳)は、平安時代後期の武士。平常澄の子。通称六郎[1]。 略歴 『神代本千葉系図』などに名前が見える。上総氏滅亡以前の下総国埴生庄の在地領主はこの常益と考えられる[2]。常益の苗字地が埴生庄であったことは、のちに上総氏の遺領を継承した千葉常秀がこの地を所領としていた事実から明らかである[3]。 脚注 [1]『角川日本地名大辞典-第12巻』 1978, p. 695. [2]野口『中世東国武士団の研究』 1994, p. 281. [3]野口『鎌倉の豪族1』 1983, p. 164. 参考文献 野口実『中世東国武士団の研究』(高科書店、1994年)後に『増補改訂 中世東国武士団の研究 (戎光祥研究叢書19)』(戎光祥出版社、2020年)として再版。 野口実『鎌倉の豪族1』(かまくら春秋社、1983年) 『角川日本地名大辞典-第12巻』(角川書店、1978年)この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。表示編集この項目は、日本の歴史に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:日本/P:歴史/P:歴史学/PJ日本史)。表示編集 Related Articles