堀口星眠
From Wikipedia, the free encyclopedia
群馬県碓氷郡安中町(現・安中市)生まれ[1]。旧制高崎中学、旧制新潟高校を経て[1]、1942年に東京帝国大学医学部入学。1947年に卒業後、東大付属病院物療内科入局。
東京帝国大学在学中より水原秋桜子に師事[1][2]。1949年、軽井沢に友人と共同で「森の家」と称する家を借り、翌年より大島民郎、相馬遷子、岡谷公二らと句会。「馬酔木」に新風を吹き込み馬酔木高原派と呼ばれた。1952年「馬酔木」同人[1][2]。1955年、郷里の安中市にて開業[1]。1958年馬酔木賞。1976年句集『営巣期』で第16回俳人協会賞受賞[1][2]。1981年に秋桜子が没してのち、「馬酔木」主宰を継承するが[1]、1984年に「橡」(とち)を創刊・主宰し[2]「馬酔木」の主宰を退く。上毛俳壇・毎日俳壇選者をつとめる[1]。俳人協会顧問。特に高原で詩想を得た野鳥の句に優れた。句集には他に『火山灰の道』『青葉木菟』『樹の雫』『祇園祭』などがある。2015年2月2日死去[3]。91歳没。