堀川芳雄
From Wikipedia, the free encyclopedia
熊本県玉名郡出身で、熊本県立玉名中学校、広島高等師範学校、東北帝国大学を卒業した。広島高等師範学校の教授となり、1934年に東京帝国大学より理学博士の学位を取得した(学位論文は「Monographia hepaticarum australi-japonicarum (南日本産苔類植物誌)」)[1]。
日本各地や樺太、ミクロネシアで採集研究を行い、1936年に"Studies on the Hepaticae of Japan"(「日本産苔類の研究」)を発表した。ヤクシマアミバゴケ(Hattoria yakushimensis (Horik.) R.M. Schust)など多くの新種の記載命名をおこなった。
1941年に広島文理科大学教授となり、学制改革後の1953年に広島大学教授となった。広島大学付属宮島自然植物園の設立に寄与し、学術誌「ヒコビア」を創刊した。