堀江良信
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・最初の仕事は1989年、兵庫県でのイベント「花と緑のフェスティバル」。
・1992年にMBSラジオのセンバツ高校野球中継のアルプスリポートを担当。
・1988年から10年間はトークアイエヌジーに所属していたが、その後フリーランスとなる。1998年に個人事務所の「Dreamin’」を設立。トークアイエヌジーとはオリックスのスタジアムDJを降板後、イベント司会の仕事で業務提携を始め、HP上で結婚式の司会やイベント進行などの仕事の依頼を募っていたが、現在は募集のページが削除されている。ラジオでは報道デスクやアナウンス業務を長年務め、テレビでは地上波よりケーブルテレビのJ:COMの番組に主に出演していた。
・1992年から「スマイリングハイウェイ~いっきに土曜日!」(ラジオ大阪)のキャスターを稲垣葉子らと担当し、1995年に番組が終了した。
・1995年からJリーグ・京都パープルサンガ(現在の京都サンガF.C.)の場内アナウンスを担当し、2001年に退任した。
・1996年、京都のケーブルテレビ局・みやびじょん(現在のJ:COM)で『みやびじょんワイド』のキャスターに就任。2016年7月3日の番組終了まで20年間務めた。
・2000年から『近鉄バファローズナイター』(ラジオ大阪)のパーソナリティを担当するが2004年、球団消滅とともに番組終了。
・2005年からオリックス・バファローズのスタジアムアナウンサー(スタジアムDJ)として、京セラドーム大阪、ほっともっとフィールド神戸の同球団主催試合で場内アナウンスを担当していたが、2013年で退任した。
・2014年に「ドラゴンズナビゲーター」の肩書でナゴヤドームの場内アナウンサ-となり、ドラゴンズのユニフォームを着て笑顔でポーズをとる写真が掲載され、球団HPでも「『ナゴヤドームに来て楽しかったな。また来たいな』と思っていただけるような“観戦の友”でありたい」「皆さんとともに、ドラゴンズの勝利を目指して全力投球します!どうぞよろしくお付き合い下さい」とのコメントが掲載された。
選手紹介の際にドラゴンズというべきところを「バファローズ」とコールをするインシデントを起こした。
当初は2015年も引き続き担当すると本人は聞かされていたが、僅か一年で契約更新ができないと球団から告げられた。
・オリックスのスタジアムDJ退任後の2014年4月から『堀江良信の話し方レッスン』を始め、受講生を募集。当初は個人レッスンと、グループレッスンの2コースを設定。ブログでもその様子を随時公開していた。現在は募集を行っていない。
・2015年から、Tigers-ai制作のベンチリポーターを担当。同年『速報!甲子園への道』(ABCテレビ=現・朝日放送テレビ制作の『甲子園への道』と改題)のナレーターを2019年まで担当した。
・2019年4月から、母校の桃山学院大学の経営学部ビジネスデザイン学科(現在のビジネスデザイン学部)の非常勤講師を勤める[1]。
・『デイリーニュース京都』(J:COM)の火・水曜日のキャスターを担当(月・木・金は中西則善キャスターが担当)するが、新型コロナウィルス感染拡大による緊急事態宣言の発出を受け、2020年4月8日から休止。SNSで仕事内容や私生活を随時記載し、すでに50歳を超えた自身を「お子さまな私にとって癒し」とオムライスを食したことなど、日常の様子をアップしている。
・京都・北大阪の情報を伝える『つながるNews』(J:COM)の月曜日に出演。SNSで番組での和菓子紹介場面や、自身の顔写真、共演者との写真を常にアップしていた。2022年5月31日に同番組が終了し、顔の出るレギュラー番組がなくなった。
2025年段階の仕事
ラジオ
テレビ
- ジモトトピックス(J:COM 京都みやびじょん) ナレーター ほか
その他
- 桃山学院大学 - ビジネスデザイン学部 非常勤講師 後期のみ(教養・文化「演劇 朗読」科目担当)
- 京都市営地下鉄烏丸線 - 駅構内放送 日本語男声パート