堅田剛
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- 出生から修学期
1950年、栃木県宇都宮市で生まれた。上智大学法学部で学び、1975年に卒業。明治大学大学院法学研究科に進み、1980年に博士課程を満期退学。
- 法制史研究者として
卒業後は獨協大学法学部講師に就いた。後に助教授、教授昇格。同時に、明治学院、中央大学、埼玉大学でも非常勤講師も務めた。
ベルリンの壁崩壊の後の1990年から1991年まで、旧西ドイツ(1990年10月からはドイツ連邦共和国)のハイデルベルク大学哲学部に研究留学[1]。1992年、学位論文『歴史法学研究:歴史と法と言語のトリアーデ』を明治大学に提出して法学博士号を取得[2]。2000年4月から2004年3月まで獨協大学法学部学部長、2000年4月から2004年3月と2011年4月から2012年3月に獨協大学大学院法学研究科委員長を兼任で務めた。2013年4月から2014年3月まで、明治学院大学法学部非常勤講師として法思想史を講じた。2015年2月27日、独協医科大学病院にて病没。
受賞・栄典
- 1985年:『法の詩学』でヨゼフ・ロゲンドルフ賞を受賞。
- 2008年:論文『吉野作造と鈴木安蔵 五つの『絶筆』をめぐって』で、吉野作造生誕130年没後75年記念最優秀論文賞を受賞。
研究内容・業績
専攻は法思想史・法哲学[3]。