塘内将彦
From Wikipedia, the free encyclopedia
1999年には体重別の初戦で敗れるが、嘉納杯、フランス国際などで優勝した実績が評価されて世界選手権代表に選ばれたものの、初戦で敗れた。
2004年4月には、体重別男子81kg級の準決勝で秋山成勲に優勢勝ち、決勝では瀧本誠に袖釣り込み腰で一本勝ちしてアテネオリンピック代表を掴むが初戦で敗れ、敗者復活戦でも初戦で敗れた。
2007年、2009年の世界選手権代表にも選ばれるが共に3回戦で敗れた。
2015年からは全日本の男子ジュニアヘッドコーチに就任すると、その後、女子代表チームのコーチとなった[1]。
2025年6月に国士舘大学柔道部の元部員が麻薬取締法違反で有罪となった騒動を受けて、12月から新監督に就任した[2]。